碁聖戦
 

 

1976年創設。前身は全日本第一位決定戦。

  • 主催 新聞囲碁連盟(加盟12社:河北新報、新潟日報、信濃毎日新聞、静岡新聞、北國新聞、京都新聞、中国新聞、四国新聞、高知新聞、熊本日日新聞、南日本新聞、沖縄タイムス)、日本棋院、関西棋院
  • 協賛 (第17-30期)日本IBM、第31期-レノボ

第4期までは5人のリーグ戦によって挑戦者を決定し、タイトル保持者と挑戦手合五番勝負で優勝者を決定。第1期は全日本第一位の大竹英雄と決勝五番勝負。第6期からは、トーナメント戦勝ち抜き者とタイトル保持者と挑戦手合五番勝負。トーナメント決勝は、第5-7期は三番勝負、8期以降は一番勝負。

七大タイトル戦の中で唯一、出場資格に制限があり、日本棋院では五段以上、関西棋院では全棋士とされている。

碁聖を5連覇、または通算10期以上獲得した棋士は、60歳以降に名誉碁聖を名乗る権利を得る。2007年現在、6連覇の記録を持つ大竹英雄が唯一この称号を名乗っている。なお大竹は前身の日本棋院第一位決定戦、全日本第一位決定戦でもこのタイトルに強く、全日本のタイトルは一度も大竹以外の手に渡ったことはなかった。他に小林光一も名誉碁聖を名乗る権利を得ている。

 
  •  1 1976年 加藤正夫 3-2 大竹英雄
       1 2 3 4 5 
  •  2 1977年 加藤正夫 3-0 武宮正樹
       1 2 3 4 5 
  •  3 1978年 大竹英雄 3-1 加藤正夫
      1 2 3 4 5 
  •  4 1979年 趙治勲 3-0 大竹英雄
      1 2 3 4 5 
  •  5 1980年 大竹英雄 3-1 趙治勲
      1 2 3 4 5 
  •  6 1981年 大竹英雄 3-1 加藤正夫
      1 2 3 4 5 
  •  7 1982年 大竹英雄 3-2 趙治勲
      1 2 3 4 5 
  •  8 1983年 大竹英雄 3-2 淡路修三
      1 2 3 4 5 
  •  9 1984年 大竹英雄 3-1 加藤正夫
      1 2 3 4 5 
  • 10 1985年 大竹英雄 3-1 工藤紀夫
      1 2 3 4 5 
  • 11 1986年 趙治勲 3-0 大竹英雄
      1 2 3 4 5 
  • 12 1987年 加藤正夫 3-1 趙治勲
      1 2 3 4 5 
  • 13 1988年 小林光一 3-0 加藤正夫
      1 2 3 4 5 
  • 14 1989年 小林光一 3-1 今村俊也
      1 2 3 4 5 
  • 15 1990年 小林光一 3-0 小林覚
      1 2 3 4 5 
  • 16 1991年 小林光一 3-2 小林覚
      1 2 3 4 5 
  • 17 1992年 小林光一 3-1 小林覚
      1 2 3 4 5 
  • 18 1993年 小林光一 3-0 林海峰
      1 2 3 4 5 
  • 19 1994年 林海峰 3-1 小林光一
      1 2 3 4 5 
  • 20 1995年 小林覚 3-2 林海峰
      1 2 3 4 5 
  • 21 1996年 依田紀基 3-0 小林覚
      1 2 3 4 5 
  • 22 1997年 依田紀基 3-1 結城聡
      1 2 3 4 5 
  • 23 1998年 依田紀基 3-0 苑田勇一
      1 2 3 4 5 
  • 24 1999年 小林光一 3-2 依田紀基
      1 2 3 4 5 
  • 25 2000年 山下敬吾 3-2 小林光一
      1 2 3 4 5 
  • 26 2001年 小林光一 3-2 山下敬吾
      1 2 3 4 5 
  • 27 2002年 小林光一 3-1 結城聡
      1 2 3 4 5 
  • 28 2003年 依田紀基 3-2 小林光一
      1 2 3 4 5 
  • 29 2004年 依田紀基 3-1 山田規三生
      1 2 3 4 5 
  • 30 2005年 依田紀基 3-0 結城聡
      1 2 3 4 5 
  • 31 2006年 張栩 3-0 依田紀基
      1 2 3 4 5 
  • 32 2007年 張栩 3-0 横田茂昭
      1 2 3 4 5 
  • 33 2008年 張栩 3-1 山下敬吾
      1 2 3 4 5 
  • 34 2009年 張栩 3-0 結城聡
      1 2 3 4 5 

大竹英雄


小林光一


碁聖と呼ばれた人物

平安時代の寛蓮が時代的に最も早い時期に碁聖と呼ばれた人物とされる。

江戸時代には本因坊道策と本因坊丈和が碁聖と呼ばれ、道策は「前聖」、丈和は「後聖」と呼ばれたが、明治37年の『座隠談叢』に「秀策ハ聖棋神手」と書かれ、同年の『秀策口訣棋譜』に「先師碁聖秀策」と書かれて本因坊秀策も碁聖と呼ばれるようになり、秀策が後聖と呼ばれるようになった。

中国出身で日本で活躍した呉清源は「昭和の碁聖」と呼ばれている。